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きたのてんまんぐう
 近畿中の受験生の親御さんが祈願に訪れるといっても過言ではないほどメジャーな天満宮。しかし受験などはるかな記憶の彼方となった身には、あくまで梅の香ただよう憩いのお宮さんである。
 ここの梅を見ると「ああ春が来たなあ」と感じるようになってきた。気分は“ごいんきょ”である。

 境内に繚乱と咲き乱れる梅の総数は2000本を越えるとか。
 種類も紅梅、白梅、枝垂れ(しだれ)梅というざっとした分類の他に、よく見ると一重やら八重やら上向きや下向き咲きなどさまざまな品種が植わっていて多種多様である。あいにくと梅は詳しくないので割愛させていただくが、“性(しょう)”と呼ばれる品種ごとの“特徴”があって、一言に梅といっても実に奥が深い。もちろんもともとの産地の違いもある。そのため開花時期をずらしながら代わる代わる咲いてゆくので桜よりも長い間、目と鼻を楽しませてくれるのだ。
 二月半ば頃から三月始めごろの最盛期は、天満宮の境内に足を踏み入れるまでもなく、南側に設けてある駐車場からアプローチしてくる参道の段階ですでにふくいくたる香りが漂ってくる。境内に入ればその甘酸っぱい香りはむしろ強すぎるほどである。

 桜はその豪華さで風景を一変させてしまうほどの迫力があるが、梅は姿が清楚な分、香りで自己主張しているのかも知れない。世間が寒さに震えているときに花芽を膨らせ、雪の中でツボミをはぐくむ強さは生命力の象徴とも言える。まさに日本の母というか、みかけは大人しげでも秘めたる情熱を持った女性を連想させる。

 そうした“シンの強さ”を愛したのか、“梅鉢”とよばれる天満宮の紋を使った戦国武将も多い。その最たるものは石川・金沢の地に京都並の大文化都市を築きあげた前田利家公である。

 もちろん、天満宮の氏子だったとかの兼ね合いもあるだろうが、金沢に花開いた風雅で華麗な文化に思いを馳せればあながち無関係とは思えない。ちなみに、花言葉は紅梅が“忠実”白梅が“気品”だそうだ。
 
 若い頃は梅や桜にはあまり関心がなかった。しかし年を経るに従って桜のもつ浪漫性に気づき、やがて梅のもつえも言えぬ優しさにも心を惹かれるようになったように思う。
 余談だが、北野天満宮の西隣には天満宮に沿うようにして紙屋川という川が流れ、あいだに“御土居(おどい)”という高い土による堤防のようなものがある。これは豊臣秀吉在任の頃、聚楽第をぐるりととりかこむ城壁代わりの堤の遺構だそうだが、かなりの高さだし、道そのものを結構狭く圧迫している箇所もあるのでそうと知らなければ「なんでこんな場所に」と思ってしまうほど異様である。

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