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すいろかく

 毎回感じることだが、明治時代のネーミングセンスというのはどうしてこうも粋なのだろうか。もし現代にこうした建造物ができたとして、果たして漢字語式の名前など誰が考えるだろうか。また考えたとしても絶対にこういう格好良いものは考えつかない。
 水路閣は琵琶湖疎水という、琵琶湖と京都の間に立ちはだかる山々をぶちぬいて流れる長大な運河にしつらえられた水道橋である。

 記録によると、第三代京都府知事の北垣国道氏が首都機能移転後の京都を復興させようと維新以来の京都府政の宿願だった琵琶湖疎水計画を実行に移したとある。

 明治14年当時、京都の水脈はもっぱら地下水か、北方の山々に流れを発する川しかなかった。しかしいずれも急流でもなければ豊富な水量でもなかった。
 しかし山をいくつか越えれば、日本最大の湖・琵琶湖がある。そこで考えられた手段は、なんといくつもの山をぶちぬいて長大な水路を造ろうというものだった。

 それは滋賀県の大津市は三井寺の近くから長等山にトンネルをぶち抜いて水路を確保し、山科盆地の山々を同じように幾つもの トンネルをうがち、さらに日ノ岡山のトンネル…とまるで新幹線の開通工事のように掘って掘って掘りまくるものだった。そのなかでも長等山の第一トンネル(2,436m)は当時類をみない長大トンネルである。


 この九年前…明治5年に開通した新橋〜横浜間の日本最初の鉄道にしても、当時の大工事は外国人技術者の設計・監督に頼っての工事がほとんどだったが、この琵琶湖疎水工事は設計も工事も全て日本人の手による初の大事業でもあった。
 しかも驚いたことに、北垣国道知事は当時全く無名の若干21歳の青年技師・田邊朔朗にこの国家プロジェクト並みの大事業を一任する。オマケに彼は大学で疎水の理論と設計を論文にまとめたに過ぎず、実体験もなければ土木工事の経験もなかったと言うから無謀とも言えるものすごい大抜擢である。現代なら保険会社もしっぽを巻いて逃げてゆくだろう。

 青年技師・田邊朔朗が北垣知事にうんと言わせたものは若さに似合わない高い完成度の研究論文と、なんといってもその熱意だったという。そんな彼の熱意が今も感じられるのが水路閣を観れば判る、ローマの水道橋を模した美術品のようなデザインである。


 彼の建築ポリシーには、『建築物はすべからく、美しくなければならない』というのがあったそうだ。
 あいにく水路閣以外の疎水を追っかけて観ることはなかなか難しい。ほとんどは険しい山の中を貫いているし、一般人が見物できる場所も限られた区域だけだからだ。だが写真や特別番組で拝めたその水門やトンネルの出入り口は水路閣同様に凝りに凝った様式デザインのもの、あっさりしてはいるが力強いなかに美しさを秘めたものとさまざまだが、いずれもひとつとして手抜きのないものばかりである。

 さいわい、『kasen.net 日本の川』というサイト(http://www.ne.jp/asahi/river/jp/@6/yodo/sosui/index.htm)で上記の水門など、めったにお目にかかれない写真を多数見ることができるので他力本願させて戴く。日本の川〜近畿の一級水系〜淀川水系とたどってようやく琵琶湖疎水のコンテンツにたどり着くというものすごいものである。一応直接のリンクは前記の通りだが、サイトの構成上トップページ以外はU.R.L.が変更になる場合もあるそうなのであしからず。

 水路閣、という名前にも浪漫というか、熱い情熱で眼をキラキラさせながら世紀の大土木事業を成し遂げた青年の誇らしげな笑顔が浮かぶ。
 事実1890年にこの琵琶湖疎水が完成した結果、日本初の水力発電所ができ、東京よりも先に街灯にアーク灯が点り、さらに1895年には日本初の電車である京都市電が開通することとなる。そのとき京都は1100年の古都であると同時に最先端のハイテク都市でもあったわけだ。


 そうはいうものの建設当時、純和風で古式ゆかしい南禅寺の境内にいきなりハイテクで外国チックまんまな建造物がで〜んと現れたのである。

 保守的な人はさぞやぶったまげたにちがいない。
 事実反対運動らしきものもあったとかという話も聴いたが、今と違って政府(おかみ)の力が絶対的な明治の世の中なのである程度はウムを言わせず断行したとも考えられる。
 とはいえ、建造以来百十数年。もしかしたら天才技師・田邊朔朗は百年後のレンガの醸し出す雰囲気まで計算していたのではないかと思われるほど、いまではすっかりモダン建築として馴染んでしまっている。
 いまでは誰に尋ねても南禅寺の境内でなくてはならない存在なのは間違いない。

左は秋、右は初夏。どの季節でも絵になる

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