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くらまのさくら
〜叡山電鉄鞍馬線沿線〜

 鞍馬といえば紅葉で有名である。
 事実、今回の主役ともいえる叡山電鉄鞍馬線の人気車輌『きらら』は、二両連結・二編成で出町柳〜鞍馬間を走っているのだが、そのうち一編成が朱色、もう一編成は紅色…といずれも紅葉を意識したカラーで構成されているし、ヘッドマークもモミジのエムブレムだ。

 また車輌デザインも鞍馬の紅葉を観やすいようにと天井近くまで達するほどの非常に大きなパノラマウインドウを持ち、座席配列も一部が外向きに設計されていることで全国の鉄道ファンにも有名である。右の写真で手前にあるのは鏡ではない。その『きらら』のでかい窓に風景が映り込んでいるのである。

 きらら車内の写真はないが、乗車時に行列したわけでもなく、出発時間より多少早めにホームに待っていただけでちゃんと座れた。これが秋の紅葉シーズンだったら考えられない。ヘタしたら乗ることすら叶わないほどの人気車輌なのである。
 叡山電鉄の始発駅・出町柳から終点・鞍馬までのうち、山間部に当たる二軒茶屋(にけんちゃや)から鞍馬に至る区間は春は新緑、夏は森林浴、秋は紅葉、冬も冬なりに一年を通じて美しい。
 しかし嵯峨野など、桜もたっぷりあるのに桜よりも紅葉で全国的に有名になったような場所は、桜の季節には意外なほど観光ラッシュとは無縁になりやすい。いわば盲点だ。
 筆者もこれまで何度か鞍馬には出かけているが、季節はやはりだいたい初夏か秋だった。それも電車やバスで鞍馬まで行って、あとはハイキングというお決まりのコース。
 そのコースというのはこうだ。鞍馬駅から割と急な参道をひたすら登って鞍馬寺を詣で、義経ゆかりのお堂の数々を巡ってゆくとやがて樹の根がぼこぼこともりあがってうねる“木の根道”に出る。世に言う“丑の刻参り”でも知られている、ちょっとした心霊スポットでもあるその場所を越えると、いつしか道は下りになっている。
 下りの勢いで行き着いた先は貴船神社である。そこからは舗装された普通の道路に出るので、あとは老舗の旅館や土産物屋をひやかしつつ道なりにさらに下ってゆくと、やがて登りの際に使った叡山電鉄鞍馬線の貴船(きぶね)駅に着く。これは鞍馬駅のひとつ手前の駅である。
 あとは電車に乗って洛内へ帰るのみである。

 で。ふと、異なるコースはないのか、と考えて地図を眺めてみた。すると、貴船に行かずに、今乗ってきたばかりの電車のコースを逆に戻ってゆく道もちゃんとあることが判った。何があるかは判らない。なにせ、ガイドブックにも愛用の歩く地図の本にもそんなハイキングコースは載っていないのである。まあしかし、フツーの住宅地を歩いていても楽しめるのが京都ウォークだな…と思って試したのが今回の“歩き花見”である。ネット地図・マピオンで調べてみても、迷うほどの道もない。

 閑話休題。では、さっそく鞍馬駅から歩き始めよう。

 右の写真は鞍馬駅外観。駅前に生えているのは桜ではなく梅の古木である。そして右奥にあるのは、筆者などにはたいへん懐かしい旧式の叡山電鉄の永久保存車輌である。

 左の写真は貴船口駅。真下に道が通っているのでこんなアングルで電車が停車しているのが見られる。
 基本的に鞍馬山には桜よりモミジの方が多いので、さすがにご覧のように洛中の桜の名所のように右を見ても左を見ても桜だらけというわけには行かないが、なんせこちらのコースはほとんど知られていないことから貴船へ回り込む有名で人気のあるコースとは正反対に、とにかく人に出会わない。
 とはいってもけっして山奥などではなく、民家がフツーに建っているきれいで幅のある舗装道路ばかりを歩くので、むしろハイキングと言うには簡単すぎるコースである。おおまかには5kmほどだが、下りばかりだし、むしろ貴船へ抜ける方が上り下りプラス悪路でよほどキツイ山道だ。
 上の写真は二ノ瀬駅遠望。ホームへ向かって階段が延びているのがお判りだろうか?右は市原駅付近、下は市原駅。まるで鉄道模型のレイアウトのようだ。
 今回たどったコースはフツーの民家が並ぶ、閑静なまったくの住宅地だ。
 そんな余計な観光客のいない道を、春の陽射しを浴びて春風を感じつつのんびりと桜を探しながら散策するのはなかなかオツであるし、一級の観光地でのことと思えば貴重な経験ではないだろうか?
 鉄道ファンの写真のようなノリではあるが、たしかに“きらら”をはじめとして叡山電鉄のようなローカル鉄道は絵になる。ただし個人的な好みを言うならば、鞍馬駅に保存してあった旧式車輌か、きららみたいなデザインのほうがよく似合う。
 そうしてほんとにの〜んびりてくてくと桜を散策しつつ二軒茶屋駅(写真右)まで歩いてきて、あとは再び電車に乗って洛中まで帰るまでだ。
 ある意味、本当にぜいたくな春の散歩である。
 ちなみに、実行した日付は2003年4月13日。そう、平均気温が低い山あいのことなので近畿の桜としてはかなり遅い桜だから、その年最後の桜を楽しめるというメリットもあるのだ。
 最後に、まったくの余談だが、鞍馬といえば上方落語に『青菜(あおな)』という演題があるのを思い出した。
 初夏のある日、腕と気のいい植木職人が仕事先の屋敷でいつも可愛がられている隠居から“柳かげ”という、冷酒のような清涼飲料の一種をふるまわれる。
 アテが欲しくなった隠居は妻を呼んで、青菜を湯がいたものがあっただろうから出してくれと依頼する。承知した妻は台所へと向かうが、戻ってきて三つ指ついてトウトウと言うには「ああら、我が君。鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官(くろうほうがん)…」となぞめいた言葉。しかし隠居はすぐ合点がいったのか「ん?…ああ、義経、義経。」と応える。

 要するに妻は「菜(名)は食ろう(九郎)てしまいました(のでもうございません)」としゃれっ気で報告したのに対して、機転の利く隠居は「ああ、よし、よし」という答えを互いに義経の話にかけたわけである。
 この粋さに感銘を受けた植木屋は、貧乏長屋の我が家に帰って無理やり同じ事を古女房に強要することからズッコケ劇が始まるという噺である。

 とまれ、鞍馬という京都の奥座敷はいろんな楽しみ方がある。


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