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ひむかいだいじんぐう
 京都地下鉄東西線、蹴上駅。

 かつて地上を京阪電鉄が走っていた頃はともかく地下に潜ってからは乗り降りが不便になり、普段は昇降客もあまり多くない小規模な駅だが、いわゆる観光シーズンにはかなりの人であふれかえる。
 桜と紅葉の季節には出口からはき出された人々はこぞってぞろぞろと南禅寺のある右へ右へ、坂の下へと流れてゆく。

 すぐ近くにある蹴上浄水場に植えられている四千本のつつじの一般公開時以外は左側つまり坂の上へ向かう人は本当に少ない。だがこれこそ『ぶら旅』式にふさわしい方向性である。


 ということで出口を左へ行く。登り道を100メートルほど行くと、道の右手に浄水場の長大な塀、左手に鳥居が見つかる。
 これが『日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)』の参道入口である。

 日向大神宮は“京のお伊勢さん”と呼ばれている…とものの本にあるのだが、とくに雑誌にとりあげられるでなく、愛読書『歩く地図の本』にも端っこにしか載っていない、ほんとうにマイナーな紅葉スポットである。

 入口は駅からすぐだが、この参道はなかなか長くて遠い。道は舗装路で広さもあるが行けども行けども目的地にたどりつかない。
 途中には民家もあるが、驚くほど大きな楓の樹が何本も生えていて歴史を物語る。
 坂道のうえに落ち葉が積もっているので、上ばかり眺めていると足を滑らせるので注意が必要だ。
 巨大な楓を庭に備えた民家もあるのだが、そのバランスから思うに、庭に植えた木が時を経て大きくなったのではなく、もともと古い巨木があったところに家を建てたのではないだろうか。
 そんなスケールのでかい紅葉を眺めながら歩くこと約300メートル。

 ようやくたどりつくと、昔もたぶんそこが神宮の下馬場だったのかもしれないが、広い駐車場になっている場所に出る。
 下馬場とは、神様の領域ではどんな社会的地位の人も、人間である限り馬や乗り物から降りなければならないので、そのための場所のことである。

 なるほど大神宮の名にふさわしい広さだ。もっとも、自動車でココまで上がってくるのはけっこう大変らしい。筆者はクルマを運転しないのでピンとこないが、坂道がきつい上に細くて曲がり気味の道なので下手な運転ではかなり難儀するのだそうだ。
 まあ、脚で登ってきた方が風情があるのは京都のどこでも言えることだが。

 そこから北方向へあがる石段がのびていて白木の鳥居があり、その先に神殿までの道がある。楓の古木は小さく映っている観光客と比較されるとその大きさが察せられると思う。

 シーズンまっただ中にこれほど見事な紅葉が観られるのに、訪れる観光客は筆者親子を入れても十人に満たなかった。
 ぜいたくな話である。

 一の鳥居がある入口はほんとうに目立たないが、その奥の奥にこれほどの大神宮があるというのが、なんとなく間口は小さいが奥に長いウナギの寝床と呼ばれる京都の町屋を連想させる。

 ほんとうに大切なものは奥の奥にしまってあるのは、どこでも同じらしい。

 今でこそこんな人知れずの穴場のようだが、昔は地上を、今は地下を京阪電車京津線が走る“東山ドライブウェイ”こと日向大神宮の門前通り、すなわち南禅寺から蹴上を通って九条山(くじょうやま)の合間を越えて山科から滋賀へ抜けるルートはもともと近江商人などの交易路だったわけで、行き交うかれらが旅の安全を祈り厄を祓うのにも多く旅人が訪れて賑わったのだろう。

 左が外宮、写真左手にある橋を渡って石段を上がると右の写真の内宮。


 社務所の壁になにげに雨に打たれたような朽ちかけた額が置いてあったので、のぞき込んでみると以下に転載した文章と共に古びた写真が掲げてあった。

 いわく『御神木(名木):清和天皇のお手植えの神木と伝えられています。地上三メートル位の所から七本に分かれ七股の桧(ひのき)と称し名木でした。昭和九年の台風で傷み十年に枯損しました。外宮、内宮の周囲には樹齢二百年以上の桧が数十本あり、荘厳な森でありましたが昭和九年の台風で全部倒れました。』とある。

 なんと勿体ない話だろうか。今なら“樹木のお医者様”などが寄ってたかってなんとかしてくれたろうに。
 逆に言えば、それらの桧が現存していた頃は今のようなフツーの神社のような雰囲気ではなく、下賀茂・上賀茂の両社のような神域らしさを漂わせていたに違いないのだ。

 境内の配置図を見ると、“八百よろづの神々の頂点”である天照大神を祭神としているだけに、外宮・内宮を配してあり、天満宮や猿田彦、厳島に恵比須、多賀の社などまさに伊勢神宮と同じ形式でさまざまな社が林立していることが判る。

日向大神宮ホームページ http://www12.plala.or.jp/himukai/
 また、内宮を左へ折れて坂道を上った先には“天の岩戸”もちゃんとあり、いわゆる“胎内くぐり”になっていて、くぐり抜けると開運や厄除けになるといわれている。
 距離というほどではないが中で90度以上に曲がっているために、時間によっては真っ暗なのと、ふだんからひとけのない所なので女性だけの場合などは用心が必要である。

 参考までにこの撮影は2004年12月18日のものである。暦の上ではクリスマスも近づいた冬の筈だ。
 少々曇り気味だったので写真の色は良くないがなかなか美しくて落ち着いた所である。

 ご覧のように少しは山の上にあるはずの日向大神宮でさえこの程度である。すなわち、京都の秋冬は遅い。
 今年は残暑も厳しいので、ますますもって関東在住の方がお持ちの紅葉タイミング感覚やマスコミの観光系勇み足煽動報道はアテにならないことを付加しておく。


▼日向大神宮付近の地図はこちらから▼