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けんにんじ
 よく言われることだが、京都の寺の不思議は、表通りを自動車がビュンビュン走っていようが、若者がたむろするような繁華街であろうが、壁ひとつ塀一枚隔てたらウソのように閑静な佇まいになることだろう。

 ここ建仁寺もそうした場所のひとつで、道ひとつ挟んだ北側はギオンコーナー、祇園歌舞練場(ぎおんかぶれんじょう)と共に名にしおう御茶屋さんがズラリ並んだ花街なのが信じられないほど静かだ。


 さすがというか、寺に至る道には三味線の専門店(というのも妙だが)もある。
 なぜかさらにはWINS京都場外馬券売り場などもあるので、休日の通りはいろんな人々でにぎわう。
 俵屋宗達の風神・雷神図などもあって、大きくて由緒ある寺らしいが、広い境内にある桜を愛でるぶんにはわざわざ拝観料を払ってまで建物の中に入る必要はない。
 豆知識といえるかどうかは判らないが、この寺の開祖の坊様が日本へ最初に茶のタネを持ち帰って栽培を奨励したとかで、それを記念してけっこう大きな石碑が建てられ、またそのそばには茶が植わっている。
 ただし、ご存じない方のためにあえて言えば、茶は白い椿の花にソックリなので知らなければそれとは気づかないし、今回の桜の観賞時には花もないので本当にたんなる“植木”にすぎない。

 桜はそこそこの大きさだし、落ち着いた雰囲気の中でゆったりと楽しめる。
 ───が、実は今回の記事の目玉は桜ではない。

 この建仁寺のすぐ東側に、『50'S』という小じんまりとした喫茶店がある。
 上品で小柄な小母さんがひとりでやっておられる店だが、ここが食事に良し、休憩に良し。建仁寺あたりにやってきたときの筆者オススメの店なのである。
 一見すると普通の喫茶店の軽食メニュー的な内容なのだが、初めて訪れたときにスパゲッティを注文してぶったまげた。

 カウンターに座るとキッチンも丸見え。その時は母と行ったのだが、注文したのはカルボナーラとタラコ。失礼ながら、喫茶店レベルだろうと最初からタカをくくっていたし、実際、小母さんは普通の小振りな片手鍋でパスタを茹ではじめた。
 けして素早い動きではない。その間も地元の人なのか、コーヒーを飲みにやってくる初老の男性や観光客も入ってくる。てっきりこれは時間が掛かるだろうなあ、と覚悟した途端に、すい、と出されたふた皿のスパゲッティ。
 ひとくち食べて驚き、思わず母と顔を見合わせた。この味、風味、絶妙のアルデンテ。ちょっとやそっとのイタメシ屋では到底叶わないだろう。もちろん調理中の一部始終を見ていた。インスタントや出来合のソースなどは使われていないし、そんなものでこの味は絶対に出せない。

 しかも茹でるにせよ、和えて炒めるにせよ、一般的に知られるイタメシ調理の派手なアクションらしきものがあったろうか?それでこの旨さ。まるで魔法である。
 料理は道具ではなく腕と真心なのだなあと実感した。

 ちなみに母はパスタは食べるのも好きだし作るのもかなりの腕前だが、これまでタラコスパゲティなんて「しつこい」といって食べようとしたことさえなかった。だが、この事があってからすっかりハマってしまった。それほど美味しかったのである。

 よく考えてみれば、建仁寺〜祇園への通り道にあるのだ。おそらくは舞妓さんたちも含めて若い娘も来店することもあるだろうし、まわりは老舗の料亭や御茶屋のてんこもり。なによりも舌の肥えた人たちの街なのだ。
 さりげない喫茶店が下手なビストロよりはるかに凄腕でも驚くに当たらないのかも知れない。
 やはり京都は計り知れない。

『50'S』の真ん前にある建仁寺の塀越しの桜

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