写真右上の抹茶茶碗だが、じつは菓子でできている。『茶寿器(ちゃじゅのうつわ)』と名付けられた甘春堂さんの名物商品で、志野焼ふうのものはショウウインドウに飾られていた時点でちらっと見た程度では普通の天目茶碗にしか見えない。
しかし絵付け版の方は色がビビッド気味なせいか違和感があるのがご愛嬌で、さらによく観れば焼き物ではないらしきことだけは判る。だが、だとすると気になる事はひとつだけ。
『実際に茶席で使えるのかどうか』である。
抹茶茶碗ではないが、筆者がどこか海辺の街へ旅行した折のみやげとして貰ったぐい呑みは昆布でできていて今も戸棚に納まっている。
買ったとき、売り子のおばちゃんが「ふやけてくるんで何度も使えませんけど、アツアツのお酒をそそぐと昆布のおだしが出てなんとも美味しいんですよ」と微笑んでいた事を思い出すが、いまだに試した事がない。
似たようなもので赤穂みやげで、名物・赤穂の塩を固めて作られた純白のぐい飲みもある。もちろん、手つかずだ。同じコンセプトで知られるものとしては『イカとっくり』がある。するめいかを型にはめて飴色に乾しあげて徳利と杯に仕立てたものだが、いずれも“実用”だそうだ。
ちなみにイカ徳利は買ったことがない。長期間保存が難しそうだからだ。
閑話休題。あまり筆者が食い入るようにジロジロと(いつものように)見ているのが可笑しかったのか、見かねてお店の方が「それはお菓子なんですよ。食べられるんです」との解答と試食用に割った破片(写真右上)をくださり、やっと筆者は安心した次第だ。
「何回くらい使えるんでしょうか」という筆者の不躾な質問にはむしろ親しみを感じてくださったようで、「まあ2〜3回?せやけど2回が限界でっしゃろなあ。溶けまっさかいなぁ」と苦笑いしながら応えてくださった。
しかもこの破片がなかなかウマい。けしてお遊びだけで適当にこしらえたようなウケ狙いの品ではない。さすが立派な構えの老舗、菓子としても一流のものだ。
試食用の破片を受け取ったものの、一種の砂糖菓子だろうと舐めてかかってたが、歯先で慎重にかじってみると他にあまり類のないポリポリとした食べ応えで、小さな破片のクセして結構固い。
これくらいでないとお湯を注いで抹茶を点てる事などできないのだろう。舌の上で一所懸命にころがしていて、やっと少し溶けてきて味わう事ができたほどだった。
味はもっとコナっぽい、ハクセンコ(関東で言うところの落雁)のハード版みたいなものを想像していたが、味気ないどころか甘すぎず薄すぎず「美味しい!」と驚嘆するレベルのお菓子なのである。しかもほんのりとシナモン…いや、和菓子に敬意を表して桂皮と呼ぶべきだ…が香るのでいくらでも食べられそうだ。
ほかに『白寿焼(はくじゅやき)』という煎茶用として作られた器やコーヒー茶碗まである。そちらは少し求めやすいが、客を驚かせるならやはりひとめ見た程度では気づかない出来映えの天目茶碗『茶寿器』であろう。