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 京都府八幡市(きょうとふ やわたし)。行政上の分類では京都の最南端。木津川、宇治川、桂川の三本の川がひとつになって淀川となる大合流点で、広大な河原が拡がる。

 三本川の西向こうにあたる大山崎(おおやまざき)は日本のウイスキーの故郷、サントリーの山崎蒸留所があることで知られる。
 しかし筆者は、山崎が大阪府だと知ったのはずいぶん後の事で、なんとなくショックだった事を覚えている。偏見以外の何ものでもないのだが、日本のウイスキーの生まれ故郷は都開びゃく以来、なんでもかんでも新しもん好きで知られる京都であってほしかった。

 それはともかく、筆者はずっとここが気になっていた。

 というのは、京阪電車で大阪淀屋橋から京都を目指す時、赤く美しい鉄橋を二度くぐってここを渡る時がまさに京都に入る時であると同時に、広々とした州、トウトウと流れる川に沿って、見事なばかりに咲き誇る桜の帯が観られるからだ。
 しかしその間、わずかに数秒。川に掛かる鉄橋は電車が少し勾配を昇ってから渡るために、鉄橋に乗るまでは先の見通しが悪い。だが、それを越えた途端に、ぱあっと文字通り“いっせいに花が咲いた”桜のベルトに遭遇する。
 だがそれは、まさに「あ」という間に車窓を過ぎてしまう。

 これはまさにその画像だが、窓ガラス越しなので光の屈折が加わって色ニジミやら二重写りの乱視気味な仕上がりだ。側面の窓から撮影するのもなかなか大変なのだ。
 なぜなら、この光景は鉄橋に入ってからしか見えない。当然、鉄橋の太い『鉄骨』越しにしか写せない。じつは上の写真では、画面の右にそれがどーんと写っているのをトリミングで切ってある。

 そしてこの次のカットでは鉄骨が見事に画面のど真ん中に写った。
 そんな調子でシャッターのタイミングを2〜3度誤ってるうちに橋を渡り終えてしまう。

 だがここは本当に面白い。このページの最下部にリンクしてあるGoogleなりYahooなりのマップをご覧になれば一目瞭然だが、木津川、宇治川の二本の川を渡るためにわざわざぐるっと回り込むという、実に手間なルートをたどっている。
 そのおかげで、ひとつめの木津川鉄橋にさしかかると、120度ほどに開いて配置された次の宇治川鉄橋が斜めに見えてくる。天気が良ければ広い青空、拡がる河原に紅く伸びる鉄橋。ナカナカ興味深いダイナミックな景色なのだ。

 しかし120度ほどに開いた位置関係で配置された橋そのものの撮影も難度が高い。
 大阪側から最初の鉄橋───木津川鉄橋に入ると、次の宇治川鉄橋は左手に斜めになる。つまり、構図上美しいアクセントになるふたつめの鉄橋は、どうしても運転士の肩越し、頭越しにしか見えないのだ。
 さらには時にマニアが自分の隣で仁王立ちになってカメラを構えていたり…なんてこともある。それも時には数人が固まっている事さえあるからびっくりする。実は筆者の場合、これらの写真は割とコソッと撮っている。

 限られた寸法の窓から見える景色は、自分だけのものではないからだ。筆者は、写真は好きだがこのマナーだけは忘れてはならないと思って常に後ろには気を配るようにしている。
 デジカメの場合、これは案外簡単だ。背面にある液晶画面がバックミラーの代わりになるし、基本的に撮影時は両目を開けているからだ。

 毎年毎年、桜の季節になるとそうやって年に一、二度、数秒だけの花見をしてきた。だがある時、その桜並木に沿って多くの人が花見をしている光景が目に入った。
 川に沿っての道路上だから、クルマでなら観られるのだろうか。しかし筆者はクルマとは無縁である。しかしいずれにせよ、一般人でも歩いて行ける場所であるのは間違いない───ということはそれで判った。

 だが調べようがなかった。愛用していた京都観光の本で、石清水八幡宮の周辺を記載しているものはなかったからだし、運転しない筆者は自動車用の地図を利用するなどという発想そのものがなかった。いや、よしんばあってもそこまでして行きたいと思わなかった。洛中にまだいくらでも行った事のない場所が多くあったからだ。

 ただ、京都へ向かうたびに思い出すのである。だが、喉元過ぎれば熱さを忘れるの例え通り、大阪への帰りは夜になるので、このあたりはまっ暗、次に京都へ向かう時にならないと思い出す事もないのである。
 そうしてまた数年が過ぎた。インターネットが拡がり、YahooやGoogleによる地図検索サービスが利用できるようになって、やっと八幡市の地図が手に入った。

 話は横道に逸れるが、別に鉄道マニアでなくても、電車という乗り物が好きなら京阪電車は乗っていてかなり楽しい鉄道である。先頭車に乗るとよく判るが、とにかくカーブが多い。クネクネ曲がる。だから景色に変化がある。
 おそらく大阪〜京都のルートは有史以来の街道なので、大昔から人が住み、無人の野原などはほとんど皆無だったのではないか。そこへ鉄道を走らせるということは、すなわち土地の買収ありきなわけで、それはそのまま路線有地の確保の苦労以外の何ものでもないわけだ。勝手な想像だが、手に入る土地を繋いでいった結果、ジグザグにならざるを得なかったのではないか。
 もっとも、最高時速が80kmにも満たない開通時の昔なら、それほど問題にならないレベルだったのだろう。

 しかし、乗り心地はすこぶる良い。
 高速で電車を走らせる条件としてこのカーブだらけのコースは色々と厳しいはずだが、そのためにかえって保線や車輌の整備がゆきとどき、実に安定した走行である。私鉄王国と言われる関西において、これほど安心感のある鉄道は他にない。

 それはともかく、京阪本線八幡市駅で降りて、旧京阪国道(国道13号線)沿いに宇治川目指して歩き、東へ折れて81号線に入って1kmばかり歩けば、憧れた桜並木に出逢えるのだ。
 あいにく、筆者が訪れた時すでにソメイヨシノは終盤で、しかもこの日はものすごい風が吹いていて、樹にはもうほとんど花はなく、むしろ地面に一度舞い落ちた花びらが再び舞い上がっていたような有様だった。
 しかし、ご覧のように遠く離れた位置からは、ちゃんと咲いているようにみえるので不思議なものだ。

 ちなみに撮影は2008年4月12日。

 だが、春というのはたいへん有り難いもので、桜がなくても、広々した河原には菜の花、スミレ、タンポポに紫苑などが美しく咲き乱れている。
 さらに南に石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)が鎮座する男山(おとこやま)を控える以外はいわゆる“州”なので、実に見晴らしがいい。

 ただし、今は名神高速道路の巨大な橋脚と、ビニールシートを連想させる下品な色合いの高架道路がうねうねと走って横切っているのが少々目障りだが、それでも空がぽーんと開けているさまはなかなか気持ちがよい。
 そうして花の中に埋もれながら写真を撮っていると、部活動とおぼしきサイクリング車が気持ちよさそうに次々と走っていった。

 中には筆者の撮影を邪魔してはいけないと気を遣ってか、上り坂気味なのにあえて速度を上げる人、逆に止まろうとしてくれる人もいた。「あ、あ、お構いなく。どうぞ普通に走ってください」とお願いする。
 こうした心配りは申し訳ないと同時に、嬉しいものだ。じつは、撮影中の不意に通りすがる人は嫌いではない。“自然体写真”を信条とする筆者としては風景に無理のない動的な花を添えるので、むしろありがたいのである。

 上の写真で人の大きさと比べていただければ、いかに一本一本の桜が巨木なのか判っていただけるだろう。もちろん、この桜の中を通る道でも内側から撮影しているが、あまりにハゲチョロケなのであえて掲載は避けた。

 この位置でもけっこう咲いているように見えるのは“レンゲ畑の法則”というものである。これが一週間早ければさぞ見事な写真になっただろう。同じく加茂川沿いの桜並木も長さとしては見事だが、周りが開けているか建物だらけかで桜の帯の際立ち方が違う。

 トウトウと流れる宇治川。その向こうを透かし観れば桂川。いずれも同じくらい太く立派な川で、それが並行して流れるさまは実に不思議な眺めだ。
 なので、あくまで長大な『桜の帯』の魅力として終始させていただいた。男山に上がれば、低いながらもさらにこれに木津川も加わった見事なパノラマとなる。

 イカニモな記念写真は好きではないが、人が記念写真を撮っている光景をハタから撮るのは面白い。
 通りすがりに見かけた人の背中もそうだ。
 すでに花も散って新芽の青ささえ覗かせた桜のもと、男山の展望台で見かけた老夫婦に、こちらのあずかり知ることのない、ふたりのドラマのワンシーンを少し、分けてもらう。

 山河に恵まれた日本、大きな川が合流する同じような風景は余所にもあるのかも知れないが、たしかに八幡には京都ならではの匂いがある。それは三本の川が都から運んできた香りかも知れないが。


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