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地元の人は金戒光明寺の広い境内をひっくるめて黒谷(くろだに)さんと呼ぶのだそうだ。
昔から時代劇のロケ地のひとつとしても知られていて、聞けば新撰組ファンには組織発祥の地として有名だという。
───なぜそんなに“だそうだ”とか“有名だという”なんて他聞表現で誤魔化しているのかというと、実は筆者はかれこれ初めてカメラを持った30年以上も前からこの寺を何度か訪れているにもかかわらず、そんなことは一切記憶に残っておらず、そのかわりたったひとつのことを強烈に覚えていたのである。
ところがあまりに強烈なインパクトだったせいか、一体それをどこで見たのかさえもずっと忘れたままで、たまたま訪れたときにそれを見つけては、ああ、アレはここだったのか、としばし奇妙な感動を覚えたものである。
しかも数年前には再び写真まで撮っておきながら、後日、やはりどこで撮影したのか位置情報を忘れてしまった。そもそも、金戒光明寺がめあてで行っているわけではない。今回も桜の花を求めて少々変わったルートからうろついていてたどり着いたので、当初そこが一体どこなのかも理解していなかった。
だが、おぼろげな記憶を辿ってそれを見つけたとき、三度目…いや、四度目の再発見に胸が躍った。
またこうしてネット上の記事にするという意識が芽生え、今度ばかりはなんやかやと記録する癖が付いたおかげでようやく30年越しの謎に終止符が打てたというわけである。
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さて、その印象的なものとはこれ、知る人ぞ知る、アフロヘアの仏さんである。
初めての出逢いは高校生の頃だったろうか。その時もあまりに不思議なお姿に驚いて、ばちあたりにもお側まで近寄ってしげしげ眺めたものだ。
申し遅れたが、この仏様が立っておられるのは墓地である。それこそ、幕末の志士たちまで眠っているのではないだろうか。墓地といっても石段とシンクロしていて、しかもこの金戒光明寺の墓地は陽当たりの良い明るい急勾配の斜面にあるためと、参道の所々に美しい桜が植わっているためか、妙に華やかで墓地のような気がしない。
だが地図などに拠ればこの階段こそは会津墓地参道とよばれるほど、会津藩士が多く眠っているのだそうだ。
2007年秋に放送された関西の情報番組で知ったのだが、このスタイルの仏様は数は少ないもののこの一体だけに限らず割とあちこちにあるらしく、『五劫思惟(ごごうしい)阿弥陀仏坐像』と呼ばれる阿弥陀如来のお姿のひとつなのだそうである。
その時出演していたお坊さんの話によると、この世の無法なことや哀しいことはどうすれば救うことができるのかを考えて考えて考え抜いている内に、天文学的な時間が流れたことを髪が伸びたお姿で表現したものだという。
ちなみに五劫の『劫(ごう)』というのが仏教における時間単位で、三年に一度天女が舞い降りて地上界の巨岩をひとなでして天へ戻ることを繰り返し、やがてその岩が摩耗して消え失せるのに必要な時間が一劫という定義。つまり五劫とはその五倍の年月が流れたという勘定。
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いわば、ひとつの太陽系が誕生してそれが新星として消滅し、またそこから新たな星が誕生するに匹敵する年月だろうか。仏教は宗教である以前に宇宙哲学なので、なんともスケールがデカい。
それはともかく、不思議なことにこんなに印象的なホトケさんなのに、金戒光明寺本家のウェブサイトはもちろん、数ある京都の紹介系サイトにもなぜか画像はおろか一行も書かれていないのが不思議だ。
もしかしたら一般の墓石のように個人的な所有物なのかとも考えたが、そういうわけでもなさそうだ。
その逆に仏像ファンのブログやサイトに紹介記事が見られるように、昨今の仏像ブームに関するブログではかなり知られているようなので、別段ネット公開することがタブーというわけではないらしい。
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ちなみに、この寺にはもうひとつ“けったいな”ものがある。それが上の写真の手作り案内板である。
『歩く地図の本』などには、そのありかだけ書かれているが、金戒光明寺の塔頭のひとつで、牡丹・蓮・百日紅でも有名な西雲院のご住職の手になる四方向案内板である。
写真はもう数年前のものなので今も無事にあるのかと言われればチト自信がないのだが、昨年通ったときにはまだあったような気がする…この記事をご覧になってご確認された方は、このオモシロ看板がどうなってたか是非ご一報ください。 |
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そして金戒光明寺は結婚式場としてもなかなかの格式を持っているようだ。この日も仏前結婚式があったようで、打ち掛け姿の新婦と紋付羽織袴の新郎が写真撮影の真っ最中だった。少々曇り空ではあったが、満開の桜が舞い散る中での純日本式挙式とはなんとキマっていることか。
まあ歴史的人物の墓所もあるだけに桜の名所とか花見のスポットという感覚ではないだろうが、かつて生命をかけて国の未来を模索し戦い散っていった者たちも、やはりここに咲き乱れる桜を見てひとときの安らぎを得たに違いない。
平和にボケた時代に生きる我々も、少しだけでも心の中で合掌して彼らに想いを馳せながらならば、花盛りの墓場でのほほんと散策を楽しんでもバチは当たるまい。
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