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でまちやなぎ
 花の季節には、まず京阪電車の終点である出町柳駅を訪れてほしい。
 地上へあがると、まず春のあたたかみをはらんだ川風に乗って桜の香りが漂ってきて、「ああ、春の京都へやって来たなあ」とえもいわれぬふんわりとした気持になる。最初の写真はまさにそんな気分で賀茂大橋から高野川(たかのがわ)の北を眺めたもの。
 小さな交差点を西へ渡って南北を見渡すと、見える限りの遠くまで桜色の霞に包まれている。

 でまちやなぎ。なんと京都らしい、色気のある名称だろう。古くから叡山、鞍馬への入口として知られた、京福電鉄鞍馬線の始発駅である。2005年はNHK大河ドラマが『義経』を放映しているので例年よりもいっそう人気沸騰というところだろうが、さっさと鞍馬へ昇るそのまえにこの素敵な名前の街を紹介しておきたい。

 基点となる出町柳駅は、京阪電車鴨東(おうとう)線が開通した際に全面リニューアルされて今の姿になったのだが、かつてはいにしえのチンチン電車をほうふつとさせる実に風情のある車両が走っていた。

 今はずいぶんハイテク化されたワンマン電車や、このサイトの“鞍馬の桜”で大々的に取り上げている“きらら”が鞍馬と出町柳を連日往復して多くの観光客を運んでいるが、山にさしかかるまでは民家の軒先をかすめるように走るさまはなんとも味がある。
 ちなみに駅舎の正面写真は秋のものしかないのでとりあえず載せているが、実はこの大きなモミジも理由は不明だが今はもうなくなっている。美しくて立派だっただけに残念だ。
 京阪電車が地下に潜ってしまった時は淋しい思いがしたが、鴨東線が開通するまでは京阪の終点といえば三条で、そこからバスを使って出町柳まで来ていたことを思えばずいぶん便利になった。そんな風にまだバスを使っていた高校生の頃だからもう25年以上昔になるが、友人と鞍馬へ昇る前に何か食べておこう、と初めて入ったのが叡電出町柳駅の斜め向かいにある『カミ家』という喫茶店である。
 残念ながら1959年創業のこの店も2008年11月30日をもって閉店されてしまったので、以下は懐かしき想い出話としてここに遺しておく。

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 その時でも新しかったわけではないから、この店はかなり古い。いや、歴史がある。
 今ではあまり使っておられないらしいので気をつけないと気づかないが、すこし目線を上げて見回すと天井付近に埋め込まれた戸棚のようなデカさの黒々とした箱が目に留まるはずだ。それはデジタルのデの字も存在しなかった時代から、迫力のサウンドを奏でてきたJBLの巨大なスピーカーである。ちょっとした小劇場で使われてるほどのオーディオマニアなら垂涎の品だ。

 それをドライブするマランツのプリアンプと、これまた知っている人ならアッと声を上げてしまう真空管パワーアンプも、スミっこの方ではあるが今も健在である。
 そしてそれらを大切に使ってこられたマスターは失礼ながら、けっこう古い。お店にはおられるようだが実際に調理などはもう次世代へ譲っておられるようだ。
 そんな店内はあちこちに常連客の旅行みやげなのか、いろんなものが置いてあるし、たまにダンボール箱が空いた席に鎮座していたりして正直言って雑然としたイメージがぬぐえない。しかし、にもかかわらずミョーに落ち着いているのである。
 しかもここで出てくるコーヒーは絶品だ。
 私も一時期はコーヒーにこったものの、所詮は上っ面だけ真似しただけなのと、生粋のコーヒー党ではないからブレンドがどうとか焙煎がどうのとかは判らない。判らないからこそ逆にすうっと身体に入ってくる珈琲がどれほど得難い味わいなのかがよく理解できる。

 昔は壁に雑誌『あまから手帳』の古びた紹介記事が貼られていたが、今はメニューのフォルダの中に大切に挟み込んである。その記事のコピーによると、マスターは焙煎前のコーヒー豆をピンセットでひとつぶひとつぶ納得のいったものだけをより分けてから丁寧に焙煎に掛けるのだそうである。
(ちなみにその記事中でカミ家の魅力を語っておられるのは、NHKの元アナウンサーでいまや超エライさんになりNHKのアーカイブス番組のキャスターとしてしかお目に掛かれない加賀美幸子さんだ。)
 あいにく珈琲のウンチクは解らないが、こうして愛情を込めて作られたコーヒーが旨くないわけがない。京阪神間に名を成した珈琲専門店は多いが、ここのようにやわらかな味わいを持った珈琲は他にない。しかもなんとも懐かしくて深い味がする。

 さらに筆者はここの特製と呼ぶにふさわしいハヤシライスの25年来のファンなのだ。いつ行っても味は変わっていない。
 はじめて食べたのが最初に書いたように高校生の頃だから、最低でも30年近く変化がないことになる。デミグラスソースなんて言葉が一般に知られていない頃から、それは赤ワインでじっくり煮込んだ肉汁で作られていた。

 そしてくだんのコーヒーとすばらしいハーモニーを奏でるのがこれまた『カミ家』特製のホットケーキ。それまでインスタントしか知らなかった私に「ホットケーキとはこんなうまいものだったのか」と感嘆せしめたのがこれである。もちろんこれもマスターの徹底した職人気質から生まれた本式だそうだ。しかもこれが“ついでに”注文するにははばかるほど、でかい。デカい上に惜しげなく良質のバターのカタマリとホイップクリームがドカンと載っているのだが、食べずに帰ると後悔してしまうほど美味いから、ぜひふたりにひとつでもいいから注文して欲しい。
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 筆者が出町柳で食事しようとするとき『カミ家』のほかにもう一軒迷う店がある。オムライス専門店『おむらはうす』だ。
 この店もずいぶん前に偶然見つけた。『カミ家』が満席だったのでなにげに東の方へ足を向けたときに突然のように現れた真っ黄色にコーディネートされた店を見つけて、なんのためらいもなく店の中へ吸い込まれた。

 ノーマル、つまりメニューで呼ぶところの“おむらはうすのオムライス(写真左中)”はキャラウェイ(フェンネル?)が隠し味に効いたライスをジューシーな玉子がとろりと包み、その上からかかっている特製のトマトソースのフレッシュさがたまらない逸品で、たちまちファンになってしまった。

 残念ながら筆者はノーマルオムライスにぞっこんなので、これらバラエティに富んだオムライスたちとの浮気の経験がほとんどない。
 試された方はよかったら一報下さい。
 また、ノーマルとミートのオムライスはご飯さえあれば自宅で作れるキット版も売っている。レトルトなのでお店で食べるあのフレッシュなソースには負けるが、それでもお店で食べるものに限りなく近い“おむらはうすのオムライス”が作れるのでファンならお試しあれ。

 とにかく迷うほどメニューが豊富で、しかもユニークなのが嬉しい。
 左ページ二段目の“豆腐オムライス”右上段の鮭とイクラを使った“親子オムライス”もユニークだが、メニューの次ページに記載されている季節限定メニューの“すぐきオムライス”、山芋・オクラ・なめこ入りジンジャー系ライスにもずくソースという“ヌルヌルオムライス”は革命的である。

 ちなみにどういうご関係か知らないが、店のサービスチケットには漫画家ひさうちみちお氏のオリジナルイラストが使ってある。常連さんとかで時折店に出没されるのか、はたまたご店主がファンなのか、未確認なのでご存じの方も一報下さい(他力本願)。

 レストランとかのたぐいではないが、『出町輸入食品』という文字通り輸入食品専門の店がある。
 なにげに通りかかると、すばらしい珈琲の香りがただよい、一体なんのイベントかとおもうほど店内には客が多い。そして店内で立ち飲み状態で珈琲をのむご婦人がたの姿。
 初めて通りがかったときはてっきり団体客の接待かと思っていたが、何度か目に意を決して店に入ってみるとそれが店のオリジナルブレンド珈琲の無料サービスだと知って驚いた。
 店内で買い物をする。勘定を払って品物を包んで貰っている間に別の店員さんが奨めてくれるのだ。それも紙コップにチョロ、ではなくてしっかり陶製のカップにシュガーもクリームも添えてくれる。
 さきほど立ち飲みと書いたが、実はちゃんと席もある。筆者が観たときたまたま立ったままの人が数人いたのだ。

 筆者はここで「イギリス製で本気で苦いママレードはありますか」と尋ねたところ、マッカイ社のウイスキー・ママレードがいちばん苦いですよ、と出してくれた。大きな食品雑貨店は数あれど、味の好みを尋ねて即答で出してくれたのはこの店だけだったし、実際それは筆者が永年もとめていた味だったので感動した。

 主力商品は独自ルートで仕入れた最高級ブルーマウンテンコーヒー豆らしいが、とにかくスタッフの商品知識がしっかりしているのとかゆいところに手の届く商品ラインナップが嬉しくて、買う気がなくても入ってしまうオススメの店である。

 そして出町柳にはほかにもすごい老舗がある。芸術品の域に入った金平糖の店『金平糖・緑寿庵清水』(ぶら旅記事No.15)である。ちと駅前エリアから歩くが、少々足を伸ばしてチラッと覗くだけの値打ちはゼッタイにある。
 最近は関東系の“有名人がおすすめする隠れた名店”みたいな番組でも取り上げられるようになったが、関西では越前屋俵太氏の『おみごと!日本』などでずいぶん以前から“匠の技で生み出される金平糖”といった扱いで良く知られた店だ。
 そのせいかご主人はテレビ慣れされた有名人といったノリ。筆者もファンなのでこちらは別ページを設けて紹介しているのでよかったらご覧あれ。

▼出町柳付近の地図はこちらから▼