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たかがみね そのに
 さて、来るときは鷹ヶ峯に至る長い坂道をバスで登ってくる話を書いたが、帰りは徒歩でゆっくり下ることをお薦めしたい。理由は、ふたつお目当ての店があるからだ。

ひとつはこの松野醤油。創業文化二年(1805年)という江戸時代も後半からこの地で醤油を作り続けておられる。
 京都の老舗としては新しい方だが、醤油の歴史自体が室町時代に生まれて江戸時代でようやく庶民のクチにはいるようになったという程度の“新しさ”である。

松野醤油全景
 ごらんのように店の構えも立派だ。店内はたいへん清潔で外見ほど古めかしくは見えないが、実は嘉永2年(1849)築と文化財なみである。
 昔ながらの手作りなのと、ご主人が欲をかかないおかげで21世紀の今も大量生産をなさらないし、大々的な広告すらされない。事実、お店自身ではイマドキなのにネット販売さえされていない。だが、ここはまさに知る人ぞ知る、そして京都の料理人なら知らない人はいない名店である。
 というのも、京都で本物の味を大切にする店ならば、屋号の有名無名に関わらずこの松野醤油を使っているという事実“京料理の味を支えてきたかくし醤油”と呼ばれていると聴けば納得である。
 なんといっても鷹ヶ峯の水と厳選された丹波大豆を使って木樽に二年以上寝かせて作る醤油は味も香りも格別である。
松野醤油看板
松野醤油店舗内部
 筆者はここの醤油を知るまでは、醤油などいくら上等といえども単なる塩味系の調味料でさして差はないものだと思っていた。ぶっちゃけた話、グルメ指向の百貨店ブランドの仕業だと思っていた。
 しかしここの醤油は、一滴だけ口にしてもその拡がる風味とコク、あとに残るうま味がなんともいえない。もちろんダシのようなモノは一切添加していない。
 だからあなたも松野醤油に出逢えたなら、まず醤油だけの味を試して欲しい。
 ちなみに筆者は松野醤油の“たまり”と“ゆずポン酢”の大ファンである。今ではここのたまり醤油でないと刺身など食べたいと思わない。一応、一般市場には出回らないが、お店に行けば地方発送もしてくれるし、おみやげに向いたサイズのものもある。
 また、ここの白味噌も絶品である。京風の雑煮を食べたいと思えば、ぜひとも買い求めることをお薦めする。
 ほかに“おかずみそ”や酒呑み垂涎の“もろみ”もあるので、左党の方はお忘れなきように。
 あえて言うが、筆者は『ぶら旅』でご紹介する店舗からはいずれも一銭たりとも広告料もいただいていない。真実惚れているからこそここに紹介するのである。もしもあなたが食い道楽で松野醤油をご存じなかったならば、このページを訪れたことを感謝してくださることだろう。

 さて、松野醤油は市バス「土天井町」停留所の目の前にあるが、あえてまだバスには乗らずに筆者はえっちらおっちらと下り坂をおりて行く方を好む。その理由が次のバス停「鷹ヶ峯上ノ町」との丁度中間にある和菓子屋さんにある。
 和菓子屋さん、名を『光悦堂』という。

 あいにく外観の写真はないが、こちらも構えからたいがいな老舗であることが判る。なにげに横を通っただけだったが、風になびくのれんの切れ目から、まっ白で旨そうな餅が目に留まった。筆者は気がつくとのれんを分けて店先に並ぶ餅を前にしていた。
 ぷうん、ときな粉や草餅の良い香りが店内にたちこめている。餅たちは丁寧に組まれた木枠のケースに行儀良く並んでいる。昔筆者が幼い頃の和菓子屋は皆こうだったように思う。さすがに今はプラスチックのパックに入ってこそいるが、ガラスとステンレスのケースに閉じこめたのでは通気性がなさ過ぎて、ここまでいい香りはしない。

光悦堂
御土居餅  店頭には誰もいなかったので「すみませーん」と声を掛けると、奥からわざわざご主人が出てきて下さった。しかしそのいでたちから奥でお菓子をこしらえておられる忙しい最中だと判ったので、あえてまだ詳しいお話は伺わなかったが、最初に目に付いた餅…『御土居(おどい)餅』をいただいた。
 写真で判るように、白とヨモギの緑にきな粉がかかっている。中味は粒あんだが、ほどほどに小豆はつぶされているのでやんわりした食感である。また、餅本体は羽二重餅で実にふんわりと柔らかい。手にしてみると重力でクタッとなるほど柔らかいのだが、いざ口にしてみると意外に腰がある。

 左の写真は食べきれなかったもう1パックの残りを家で撮影したもの。バッグのなかで横になってしまい柔らかいので変形してしまった

 店を出て、ひとけがないのをよいことにさっそく頬ばった結果のレポートである。しかしこの歯ごたえと強すぎない程々の甘みにひとくち惚れした筆者は、下り掛けた坂道をまた舞い戻って御土居餅をもう1パック買い求めたのである。
 その時壁に貼られた説明文から以下のことが判った。この御土居餅は第17回の全国化し博覧会で金賞を受賞したそうだ。
 かつて秀吉が洛中の防衛のために、洛中をぐるりと取り囲むように築かせた総延長23キロメートルに及ぶ土塁のことを“御土居”と呼んでいて、今も各地にその部分が遺跡として残っているし、またここ光悦堂と道を挟んだ所にもその部分が残っているのだが、これにちなんで御土居餅と名付けた、とあった。

 ちなみにこの店にはもうひとつ、『光悦垣』という銘菓があるそうなので、次回はこちらも試してみようと思う。

 ここで大阪に宿を取っている方が鷹ヶ峯方面へ行かれる方へ出かけるときのコツを伝授。筆者の場合は
阪急電鉄京都線:大宮駅から市バス6系統(玄琢ゆき)に乗り、“鷹峯源光庵前(たかがみねげんこうあんまえ)”下車(ちなみに、松野醤油なら土天井町(どてんじょうちょう)、光悦堂なら鷹峯上ノ町(たかがみねかみのちょう)下車)というルートで行くことが多い。
 
鷹ヶ峯へ向かう6系統は毎時0分と30分だけで本数が少なく、紅葉シーズンには結構混むので余裕を持ってお出かけいただきたい。また、大宮駅は各駅停車しか停まらないので、大阪方面から行かれる場合は、阪急京都線・特急河原町ゆきに乗ってで各駅停車に乗り換えられるのが得策である。

 シーズン中は嵐山方面へ行く人でごったがえすが、これも時間に余裕を持って梅田駅では一台遅らせて次のに乗り、では嵐山方面へ乗り換えるために降りる人が大半だし、彼らと共にノタノタのんびりと降りればよいので車両の奥に座ってしまっていても降りられなくなる、という心配はほとんどない。
 さらに、同じホームの反対側に止まっている各駅停車はさらに乗る人が少ないのでこれまた空いている。もっと余裕のある人は、最初から準急を利用すればかなりラクに行ける。


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