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やせからしゅうがくいん そのに
 高野川(たかのがわ)に掛かった蓮華寺前の河原人道橋という小さなコンクリート製の橋を渡ると、いきなり階段になっていて、数メートル高低差のある対岸の土手を上がることになる。
 そこから続く道は、公道というよりはまるでよその家の敷地内に紛れ込んだかと思うほど民家だらけの細くて曲がりくねった道である。とはいえ、分かれ道などはないので迷うことはない。

 が、南へ南へとたどっていくうちに一体どこからやってくるのか、その狭い道を後ろから小型タクシーがぬう、と迫ってきたりするから不思議である。
 そうして民家と見まがうような寺をふたつ過ぎると、突如逆方向でしかも急な上り坂にさしかかる。実はこれ、修学院横山というベタな名前の丘を少しだけ迂回する道なのだが、この唐突なヘアピンカーブには左の写真のような黄葉モミジ並木のご褒美が待っている。
 ただし、人通りが少ないところに持ってきて勢いづいたクルマがけっこう飛ばしてくることもあるため、カエデに見とれて事故に遭わないよう注意して欲しい。

 さて、そこからあとはてくてくと下り坂を道なりに南へ南へとゆくと、やがて下り突いた所に五島(ごしま)園芸がある三叉路に出る。こじんまりとした間口のお店だが奥は広く、なんと東京ドームの『世界らん展』で89年に日本洋蘭大賞、99年にグランドチャンピオンを受賞した知る人ぞ知る洋蘭専門のお店である。


 この三叉路、南へ向かって左手、東側には鳥居があるが、その坂を昇ってゆくとぶら旅でも紹介している赤山禅院へと続く。寺なのに鳥居がある変わりダネの禅院だが、こちらの紅葉もすばらしいので時間があればぜひ立ち寄っていただきたい。
 三叉路のひとつをどんどん南へ下ると修学院離宮の総門へとたどりつくものの、予約と許可がない限り中へは入れず、警官がガードするいかめしい塀がひたすら続いているだけなのであっさりスルー。
 このあたりの道は狭く、高く繁った樹々のせいでなんとなく薄暗いが、やがて突然のようにまわりがひらけると、右手に真紅のカエデに彩られた、こじんまりしている割にやたら屋根の大きな門が現れる。
禅華院の鐘楼門である。
 だが寺の方には失礼ながら、あいにく美しいのはこの門だけなので、門の表裏を楽しんだらさらに進む。

 するとこの光景である。修学院離宮のあたりでは閉塞感さえあった左手はウソのように明るく開ける。
 おそらく修学院離宮があるおかげでこの辺りは住宅開発ができないためだろう。里山も田園も筆者の記憶のたどれる限りの過去となんら変わらない。
 もしかしたら昭和中期頃の京都の里ってどこもこんな感じだったのだろう。前回の八瀬の古い写真でもこんな景色の中に藁葺き・茅葺きの家々が点在していた。なんともいい雰囲気で、まるで効果を出すためにわざと野焼きまでしているかのようだが、まったくこれがこの辺りの常態なのだそうだ。

 〈その1〉でも触れたが、こんなに美しい景色をまの当たりにしながらも、どういうわけか一般観光客は目もくれようとせずに南北の道をそれぞれのサッサと目的地へと急いでゆく。
 筆者と共にこの風景をカメラに納めつつ立ちつくして堪能していたのはコート姿の若い女性がひとりだけで、立派なプロ仕様の三脚を背負ったおばさんカメラマンたちは進行方向の道しか見ていなかった。もったいない話である。

 心の豊かさだの、ロハスだのとマスコミが囃している割には、実際に心の洗濯が上手にできる日本人なんてなかなかいないのではないだろうか。


 しばらく京の秋風を堪能してから、さらに南へ下ると鷺森(さぎのもり)神社(写真右と下)に至る。ここも京童にはよく知られた紅葉の名所だが、例によって温暖化の影響なのか、キリッと冴えた紅葉は見られなかったのが残念であるが、歴史ある神社で巨木が多く、同じ紅葉でも空間的スケール感がありゆったりとできるのが嬉しい。

 スタートの叡山電鉄叡山線三宅八幡駅から鷺森神社まで約2.3kmだが、道はほとんど平坦なのと、せせこましい住宅地からパッとひらけた景色まで変化に富んでいてテクテクと歩くのにいい。
 また、鷺森神社からさらに南へ下れば詩仙堂、そこから坂道を西へ向かえば一乗寺下り松に至る。
地図(クリックで別ウインドウにて表示)

 20年くらい前、それも夕暮れ時に来た時に見た下り松は暗い神社の境内にあって、一体どこにあるのかと探したほどだったが今では真新しい住宅地の中で妙に小ぎれいな石組みに囲まれ、まるで違った場所のようになっていた。
 もともと吉川英治の『宮本武蔵』に出てくる下り松とは場所も松の木そのものも異なるので、武蔵マニアの筆者にしたところで旧跡がなくなったなどという感傷はない。むしろちょっと判りづらいが、一乗寺下り松の南側に清潔な公衆トイレができているのでハイカーにはたいへんありがたいほどだ。

 筆者が学生の頃は詩仙堂の名庭を前にした縁側で友人と寝っ転がってのんびりできるほど閑静だったが、今や境内がごった返すほどの観光人気に辟易し、すっかり足が遠のいて四半世紀になる。今おもえば夢のような話である。


 はみだし情報になるが、鷺森神社を抜けて曼殊院へ続く道に漆器専門店『うるしの常三郎』がある。
 もう20年近くも前になるが、筆者はオープンしたばかりのこの店を見つけてひょいと立ち寄ったのが最初で、品の良い品揃えと求めやすい値段にたちまちファンになった。
 箸・椀・盆や花器・酒器などの定番漆器から、ティースプーン、手鏡のミニチュアをかたどったリップミラーなんて気の利いた創作系まで、こじんまりとした店内にほどよいボリュームで見やすく並んでいる。
 もともと漆器製作の製造元で、「えっ」と驚くほど手頃な値段で良質の漆製品が手に入るからありがたい。事実、最初に立ち寄ったときに求めた片口はウソみたいに安かったが今も色つやを失わず、筆者愛用の酒器として日々その味わいを増している。

 今では哲学の道や今出川通鹿ヶ谷に高台寺に先斗町、なんとワープして軽井沢にまで支店があるらしいのには驚いたが、検索してみると多くのファンによるおすすめブログ記事になっていることもうなずける。

 

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