『ぶら旅』トップページへはまたはこちらから→ ■■■/*TOMZONE-S SHOWメインブログはこちら→■■■

 
 以前も書いた事のあるフレーズだが、京都の夏の暑さは“油照り(あぶらでり)”と言われるように“ハンパ”ではない。
 空気そのものに粘りがあって、ねっとりとまとわりつく上に頭上からは容赦なく太陽が照りつける。なにせ道は東西または南北に律儀に切られているので、移動しようと思えば必ずコース上には日陰のない道を歩かざるを得ない。

 土の道だったはるかな昔ならば、打ち水なりでもう少しマシだったかも知れないが、私が幼い頃でもすでにアスファルトが敷かれていて、それ自体が熱を溜め込んで“沸く”ような熱波を放っていた。
 祇園祭の準備は一年がかりで粛々と行われてゆくのであるが、やはりクライマックスとなる山鉾巡行のための『鉾立(ほこたて)』からが一般観光客にとって直接見聞きできるプレ『祇園祭』である。
 しかしその組み立て作業はもちろん、本番となる7月の巡行でさえも梅雨があけるかどうか…という、いつも微妙で不安定な天候の下で行われるものだから、蒸し暑さももちろんのこと、時として夕立にも出くわす事になる。


  そんな悪条件の中で、文字通り『鉾町(ほこまち)』が『町内総出』で巨大な鉾や山を古式ゆかしく伝統のシキタリのままに組み上げて行くさまは、私としては山鉾巡行本番よりも何倍も興味深くて楽しいものだ。
 もちろん大切な神事なのと、重量物を扱うという意味でも常に危険と隣り合わせだから、ウカツに近寄ったり、邪魔をしてはならない事は言うまでもない。
 しかし、本番では黒山の人だかりどころか、巨大なライブ会場でアイドルスターを遙かな遠巻きで眺めるがごとき見物の事を思えば、その内部構造はもちろんのこと、個々の部品に記されたはるかな昔のシルシ書きやら符丁までも見て取る事ができる鉾立は何倍も楽しく面白い。

 鉾も山も、神様が宿るための中心となる柱があるが、これらは最初横に倒した状態で組み立ててゆき、本体がある程度組み上がると引っ張り上げて立てるのである。まさに『鉾立』と呼ばれるゆえんである。
 有名な長刀(なぎなた)、菊水、月、函谷(かんこ)などの背の高い鉾などの芯柱は太く長大で、まるで横たえられたロケットのような感じさえする。
 これが夏の陽射しを金色の頂部に受けながら青空の中へと立ち上げられるときの迫力は総毛立たんばかりに感激する事は間違いない。

 このサイトを立ち上げた2001年当時、最初に作ったページのひとつが『祇園祭〜ぶら旅流楽しみ方〜』だったが、当時はブロードバンドも普及していなかったので画像をほとんど入れられなかったし、入れても貧弱で小さなもののみだった。
 なので、今回はふんだんに画像を入れて、雰囲気などもお伝えしてゆきたいと思う。


 もちろん、『舟鉾(ふなぼこ)』などのように、高い芯柱を持たず、最初から正位置で組み立てられる鉾や山もあるが、いずれの場合でも、道の上にいにしえより伝えられる手順に従って並べられた部品を、これまた手順に従って荒縄のみで力強く縛り上げながらもくもくと組み上げて行くのだ。

 面白いのは、山・鉾ごとに微妙に縄のかけかた、締め方が異なっているらしい事。
 基本的な事は大差ないようだが、鉾町ごとにこだわりがあるのだろうし、鉾・山ごとに構造も同じではないから当然と言えば当然だ。
 縄は真新しいが、歴代に渡って使われ続けて、手あかや汚れでなんともいえない色合いに染まった材木にはすべて符丁が書かれ、それらは南側、何番とか方角まで書かれている。

 中には、将棋の駒のようにしっかりと彫り込まれているものもあった。
 影彫りだけでなく、本格的な陽彫りまである。経年変化で消えてしまわないように、というのと装飾の両方の意味もあるのだろう。もしかしたら町内にそういう職人がいたから、ここが腕の見せ所と職人ならではの存在感を示したのかも知れない。

 数カ所観て廻ったが、設計図のような図面を見て組み立てている光景には一度も出くわさなかった。
 想像だが、口伝とこれらの記号や符丁に従って手順通りに組み上げたら、信じられないような複雑な構造の鉾でもちゃんとできるようになっているのかも知れない。

 面白いのは、釘こそ一本も使ってはいないというのは共通項だが、パーツとなる木材には補強のための金具が使われている鉾もあるし、漆を塗ってあるものもある。とにかく、どれもがオリジナリティに富んでいるから、間違ってもなにも考えずにただ流し観……などというもったいない見方だけはなんとしても避けたい。

 あくまで巨大な美術工芸品としてじっくりみっちりと隅々まで鑑賞したいものだ───もちろん、邪魔にならないよう、また撮影などに夢中になってケガしたりしないよう、マナーを守った上で。

 男性が刈り揃えているのは、鉾が立てられたとき芯柱のはるか上の方になる、馬のたてがみ様の飾りである。名称などあとでウィキでもGoogleでも調べれば分かるだろうとたかをくくっていたが、結局これに関しては不明のままだ。お歳を召した方に訊ねたらよかった、と今さらながら悔やまれる。
 何度も何度も透かし観ては、納得行くまで長さを揃えておられた。もちろん職人さんではないが、その目はまさにその道のプロのまなざしだった。

 祇園祭、日本の伝統を支え伝える鉾町の一員であるとは、こういうことなのだろう。

▼鉾町あたりの地図はこちらから▼