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 さて、次にご披露したいのはこの『銀月アパートメント』である。

 なんとも不思議な雰囲気を醸し出していて、初めてこのアパートを見つけた時も同じように見事な桜の時期だったのだが、その空気感たるやすでに芸術の域に達していた。

 いったいいつからあって、いつからこんなムード溢れる雰囲気だったのだろうか。

 もう何年も前になるが、最初に観た時、まるで我が青春時代を彩る少女マンガ作家、陸奥A子さんの作品から抜け出てきたようだ、と思った。彼女が描く、線の細い青年がいまにも窓を開けてこの桜を眺めながら、同じくこの桜に感動している主人公の少女に気づいて「やあ」と言いそうな…。

 だが2010年夏ごろに放送された、サイケデリックな色感覚でありながら、妙に生々しい表現で京都を舞台にした怪しげな青春アニメーション『四畳半神話体系』の第一回を観て筆者は驚愕した。このアパートの中を見たことはなかったが、オープニングのコラージュ画像の原料は間違いなく、ここだと直感した。

 もちろん作中では主人公が住まう所になっていた上に、間違いなくエンドロールには協力としてクレジットされていたので、おそらく実写のもとネタも間違いないだろう。
 もっとも、協力として記載されていても、はたしてあの室内写真が演出なしのオリジナルかどうかは判らない。

 表現が変われば見事に印象が変わるものだが、ある意味このアパートメントの現実離れした雰囲気としてはそれもアリである。事実筆者もぶら旅記事『高野川』の中で“正体不明のアパート”などと大変失礼な紹介の仕方をしている。

 そのときはまだ『銀月アパートメント』の手描きとおぼしき看板はかろうじて読めたのだが、今はもう消えかけてしまっている。当時でも「空き家かしら」と思ったのに、こうなると失礼ながらますますそう思えてしまう。

 誰か住まっている方でも出入りしてくれればそれとなく何かお話でもして訊ねてみようとしばし構えていたがそれも叶わず。まあ相手さまにしてみれば迷惑なだけの話なので、謎は謎のまま置いておき、こちらで勝手に妄想に耽るのがよろしいであろう。


 しかしあまりにも見事な枝垂桜はたまたまこの近隣を通りがかった誰かれかまわずトリコにせずにいられないのは、奇妙と言っては失礼な個性と時代性のある建物の姿や風情とけして無縁ではない。

 メジロも多く訪れて蜜を吸っていたこの絵本から飛びだしたようなアパルトマンをとくとご堪能戴ければ幸いである。

 いくら観ていても飽きの来ない銀月アパートメント。ただし、あくまで一般の方が住まわれておられる集合住宅なので、絶対に迷惑がかからない程度の鑑賞を心掛けていただくよう切にお願いする。

 この美しくも妖しいスポットに名残を惜しみつつ、さらに疏水に沿って歩く。

 駒井家はまだガイドブックにも多少は掲載されてたりするが、このあたりとなると一般の住宅地なので、さきの白川同様にまったく“ジモティ”以外は知らない。ジモティというのもここらあたりに住まって居られる方のことで、京わらべ(京都っ子のこと)でも、親戚が居るとかなにがしかの用事でもない限り、このあたりをうろつくことなどまずないだろう。

 しかし桜はそんなこととは関係なく、とにかく疏水沿いなら、平均的にこれくらいはずっと咲き誇っている。
 もちろん、ソメイヨシノばかりが桜ではない。

 むしろ、いろいろな品種があるほうが彩りも豊かだし、なによりも盛りの時期が分散されることで少しでも花の季節が長くなるのもありがたい。
 赤銅色の若葉がなにやら美味しそうにも見えるのは山桜であろうか。花と芽吹きがほぼ同時で、桜の中でも、同じ場所に植わっていればもっとも早く花が咲き、ソメイヨシノ盛りの頃には早や散り終わっているためと、ご覧のように地味な印象があるのであまり省みられないが、花の少ない春の野山で出逢うと、春の到来を告げられた気がして思わず笑顔にしてくれるのはこの山桜である。

 もうひとつはおそらくはソメイヨシノのように、名のある品種系の桜だろう。
 花の中心が青く、はなびらも桜色と言うよりも雪のように白い印象があった。同時に芽吹いた若葉も清々しい。記憶は定かではないが、たしかやわらかな香りがあり、桜でも品種によっては芳香を放つものがあるのかと驚いたように思う。いずれ、種類を特定できたら植木として育ててみたいものである。
 

 しかしついに桜が途切れる場所に出てしまった。叡山電鉄叡山本線の茶山(ちゃやま)駅近辺である。
 桜があってこそ一般道でも“京都の春”の風景だが、ここは哀しいくらいに『フツー』の道路だと痛感させられる。

 《桜渡り:その五へつづく


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